東京高等裁判所 昭和24年(ネ)598号 判決 1953年6月17日
控訴人 被告 安田六之助
代理人 佐藤親弘 外一名
被控訴人 原告 星源六
訴訟代理人 大谷彰一 外一名
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求(当審において拡張した部分も含め)は棄却する。
訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨並に原審において認容せられた損害賠償の請求を拡張して「控訴人は被控訴人に対し更に二十六万四千三百五十七円七十五銭に対する昭和二十三年八月七日(訴状送達の翌日)以降完済まで年五分相当の損害金を支払うべし。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の供述は、当審においてそれぞれ左の如く陳述した外、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
被控訴人の主張。
(一) 本件山林(地目原野)二筆は元須賀川村の所有であつたが、同村は明治四十三年十二月九日訴外菊池金太郎に対し杉苗代金の代償として若しくは売買代金三百二十円を以てこれを譲渡し、且つ右譲渡につきその頃同村会において村有財産処分に関する議決が為され、その決議書が作成された(但し右に関する議事録一切は全部整理されて現在同村役場に存在しない)。而して該山林は当時未登記であつた関係上、菊池に対し所有権移転登記をすることができなかつたのであるが、登記の有無に拘らず、須賀川村と菊池との間の売買契約は村会の議決を経て適法に執行され、所有権移転の効果を生じたのである。本件山林が須賀川村の基本財産に属し、その譲渡に対する郡参事会又は郡長の許可がなかつたとしても、右許可は基本財産処分の如く本来町村の行政行為でなく単なる私法上の法律行為にすぎないものについては、これが効力発生の要件となるものではない。町村は町村制の規定上官の行政監督に服し、基本財産の処分等特定の重要事項に関しては、監督官庁の許可を受くべきことを命ぜられており、その許可を必要とする場合町村長が許可なくしてこれを処理したときは、懲戒の処分を受けることはあつても、これが為めその法律行為の私法上の効果まで失われることはないのである。かくて被控訴人は大正六年十二月四日菊池金太郎より訴外石井寅治名義を以て本件山林を買受け適法にこれが所有権を取得した。
(二) 然るところ、従来未登記であつた本件山林は昭和五年に至つて登記可能となり、被控訴人名義に所有権移転登記を為し得ることとなつたのであるが、当時被控訴人には多額の負債があり、自己名義に登記を受けるときは債権者の追求を受ける心配があつたので、旧主人にして被控訴人が全幅の信頼を置いていた控訴人に対し同人の所有名義に仮装することを依頼してその承諾を得、一方須賀川村に対しても被控訴人に対する所有権移転登記に代えて控訴人名義に移転登記を為すことを依頼し、その旨の登記を了した次第である。それ故、右登記手続の必要上改めて本件山林処分につき村会の議決並に県知事の許可を得てこれを控訴人名義に移したからとて、真実控訴人が所有権を取得する訳でなく、その所有権が依然控訴人に属することには変りはない。
(三) 控訴人の主張するように須賀川村より菊池金太郎に対する本件山林の譲渡行為が無効であり、従つて被控訴人も右菊池との売買によつてはこれが所有権を取得するに由なく、且つ昭和五年四、五月須賀川村より仮装に非ずして事実控訴人に対し該山林の払下並に登記が為されたものとするも、被控訴人は既に時効によつて本件山林の所有権を取得していたのであるから右払下は無権利者の為した行為として無効である。即ち菊池金太郎は須賀川村との間における譲渡契約により、本件山林の所有権を取得したものと信じ、植林並に下草刈入を為して自己の物としてこれを占有し、被控訴人は大正六年十二月四日同人より石井寅治名義を以て本件山林を買受けその占有を承継して以来、引続き補植下草刈取等の手入をして来たのであるが右占有は終始善意無過失平穏且つ公然に所有の意思を以て為されたのであるから、大正九年十二月八日(遅くも同月中旬迄に)民法第百六十二条第二項の取得時効が完成して本件山林は被控訴人の所有に帰し、反面須賀川村はこれが一部の権利を喪失したのである。それ故同村会が他人の所有物を村有財産なりとして為した控訴人に対する売却決議も、これに対する栃木県知事の許可も共に何等の効力あるものでなく、本件山林について為された須賀川村の所有権保存登記は無効原因に基くものであり、同村より控訴人に対する所有権移転登記も亦従つて無効である。
(四) 控訴人が被控訴人に対して有した控訴人主張にかゝる金二千円の債務については、別に被控訴人の有する土地建物を代物弁済に充てて解決したのであつて、本件山林を代物弁済の目的に供したような事実はなく、この点に関する控訴人の主張は全く虚構にすぎない。
控訴人の主張。
(一) 控訴人は昭和三年六月中旬頃被控訴人が訴外黒羽商業銀行より金二千円の手形貸付を受けるに際り、被控訴人の依頼によつて保証をしたが、被控訴人が弁済を怠つた為め余儀なく同銀行に対し保証債務の履行をしたところ、同年八月二十一日被控訴人は右求償債務を借金に改め、控訴人に対し同年十月二十日迄に該金額を支払うべく、若しその支払ができない場合には自己の有する本件山林を代物弁済として控訴人に譲渡すべき旨を約定した。然るに被控訴人は右期日に至るもその支払をしなかつたので、控訴人は約旨に基き本件山林を代物弁済により取得した上、原所有者たる須賀川村に対し所有権移転登記手続を求めたところ、村当局者の言により初めて本件山林が須賀川村の基本財産を為し、嘗て同村より菊池金太郎その他何人に対してもこれを売却した事実なく、同村会において右売却を議決したことすらない事実が判明するに至つた。控訴人は大に驚き村当局に対し事情を説明して改めて本件山林を控訴人に払下げられ度き旨数次に亘つて懇請した結果漸くにしてその諒解を得ることができ、昭和五年四月七日同村会は本件山林を代金二百七十円を以て控訴人に売却することを議決し、同月十六日付を以て栃木県知事の許可も得られたので、同年五月二十二日右代金全額を須賀川村役場に支払い、翌二十三日登録税十九円三十一銭を納付して所有権移転登記嘱託の手続を為し、同月二十四日受附を以て須賀川村より控訴人に対する所有権移転登記が完了したのである。かように控訴人は正規の手続を踏んで本件山林の所有権を完全に取得したのであつて、被控訴人の主張する如く、被控訴人の依頼に基き一時控訴人の所有名義にこれが登記を仮装したというのは全然事実に反する。
(二) 元来町村の基本財産の処分は町村長単独にて処理することはできず、これが為めには町村会の議決と監督官庁の許可(明治二十一年後は参事会、明治四十四年後は郡長、大正十五年後は府県知事の許可)を必要としこれを欠く町村長の処分は法律上効力を発生しないばかりでなく、法律行為として不成立に帰するのである。それ故仮に被控訴人主張のとおり明治四十三年中須賀川村と訴外菊池金太郎との間に本件山林の譲渡契約が為されたとしても、当時これにつき全然村会の議決も所轄官庁の許可もなかつたのであるから、該契約は法律上無効又は不成立であつて、従つて右菊池より石井寅治名義を以て本件山林を買受けたと主張する被控訴人も、これが所有権を取得するに由なかりしものである。
(三) 仮に被控訴人が訴外菊池金太郎及び石井寅治を経て須賀川村より有効に本件山林の譲渡を受けたとしても、控訴人はその後昭和五年四月別途に須賀川村会の議決並に栃木県知事の許可により同村より本件山林を買得し、同年五月二十四日所有権取得登記を経由した次第であるから、正しく二重譲渡の場合に該当し、被控訴人は登記なくしてその所有権取得を控訴人に対抗し得ざる筋合である。
(四) 更に以上の主張が認められないとしても控訴人は取得時効を援用する。即ち控訴人は昭和五年五月二十四日本件山林につき所有権取得登記を受けて後は、毎年これが手入及び間伐を行い、引続き同年度以降の本件山林に対する地租を納付し、昭和二十一年自己の所有財産として財産税の申告並に納税を為し、始より所有の意思を以て善意無過失平穏且つ公然にこれが占有を継続して来たのである。従つて昭和十五年五月二十四日十年の経過と共に本件山林につき取得時効が完成し控訴人はその所有権を取得するに至つた。
(五) 被控訴人は本件山林の所有権を時効により取得した旨主張するけれども、須賀川村が本件山林を菊池金太郎に譲渡したことは村当局者の認めざるところであり、昭和五年四月これを控訴人に払下げる迄の間須賀川村が依然村有基本財産としてその管理に当り、本件山林は現実に同村の占有支配下にあつたことは明かであるから、被控訴人の時効取得の主張も理由がない。
(六) 控訴人は昭和二十三年一月本件山林に存する立木を訴外志賀忠一に対し代金十四万五千円を以て売却したことは事実である。然しこれは所有者たる控訴人の正当なる権利の行使であつて、何人に対する関係においても不法行為を構成すべきでないこと勿論である。
立証
被控訴代理人は、甲第一号証第二号証第三号証の一ないし五第四号証第五号証の一ないし六第六号証の一、二を提出し、原審における証人菊池直次郎、菊池憲智(第一、二回)、益子三郎、伊藤芳之助、菊池円、藤田捨五郎、谷地信吉の各証言、被控訴本人尋問並に鑑定人斎藤茂の鑑定の各結果、当審における証人屋代与市、戸村銀次郎の各証言、被控訴人(第一、二回)並に控訴人(第一回)各本人尋問の結果を援用し、乙第十一号証中控訴人名下の印は認めるがその余の部分は成立を否認する。他の乙号各証は成立を認め、同第四ないし第八号証を利益に援用すると述べた。控訴代理人は乙第一ないし第十五号証第十六号証の一、二第十七ないし第二十号証を提出し、原審における証人菊池直次郎、菊池憲智(第一、二回)益子三藤田捨五郎、屋代利兼、谷地信吉、菊地芳盛、菊地芳保、和田潔、安田清一郎の各証言、控訴本人及び被控訴本人各尋問の結果、当審における証人平塚季吉、屋代利兼、和田潔、菊池芳盛、佐藤貢、安田清一郎、戸村銀次郎、佐藤惣次郎の各証言及び控訴本人尋問の結果(第一、二回)を援用し、甲第三号証の一ないし五の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認める。同第一号証を利益に援用すると述べた。
理由
被控訴人は原判決添付目録に記載した本訴山林(地目原野)所有権確認並に立木伐採による損害賠償請求の前提として、先づ本件の山林は元訴外須賀川村の所有に属し、明治四十三年頃訴外菊池金太郎が同村より譲渡を受けて植林を施し、その後大正六年十二月四日被控訴人は訴外石井寅治名義を以て右菊池よりこれを買受けその所有権を取得したが、当初より未登記の侭に経過したところ、昭和五年五月二十四日控訴人と相通じ且つ須賀川の承諾を得て同村より控訴人に対し同月十六日附売買によつて所有権を移転した旨仮装の登記を経由したけれども、その登記の前後を通じて被控訴人が真実本件山林の所有者たることに変りはないと主張するのである。
仍て審按するに成立に争のない乙第四ないし第七号証同第十八号証、原審証人菊池直次郎、菊池憲智(第一回)益子三郎、伊藤芳之助、藤田捨五郎、当審証人戸村銀次郎、屋代与市の各証言、原審並に当審における被控訴本人尋問の結果によれば、本件山林(地目原野)は須賀川村の基本財産に属し、明治四十三年十二月中旬村会の決議を経てこれを菊池金太郎に売渡すこととしたけれども、監督上級機関の許可が得られぬ為め、登記手続をすることができず、右菊池は未登記の侭これを自己の物として植林管理し、次で大正六年十二月四日訴外石井寅治を経て更にこれを被控訴人に売渡したことを認めることができる。然るところ当時施行の明治二十一年法律第一号市制及町村制第三十三条第百二十七条によれば、町村の基本財産の処分に関する事項は町村長の専決によることは許されず、町村会の議決を経た上更に郡参事会の許可をも受けることを要する旨定められていたのである(右郡参事会の許可の権限は明治四十四年法律第六九号町村制第百四十七条により郡長に移され、更に郡長廃止に伴つて大正十五年法律第七五号町村制改正により郡長を府県知事と改められた)。而してかかる規定の置かれた趣旨を推考するに、町村の設置する基本財産は専らこれより生ずる収入を以て町村の経費を支弁すべき目的を有し、その財政の基礎を為すものであるから、法はこれが処分につき特に慎重を期し、苟も処分の失当によつて町村財政の弱化を招き延て国家公共の利益を害するが如きことのないよう、町村限りにおいて自由に処分を決することを許さず、国が後見的立場に立ち、郡参事会(後に都長、府県知事)の許可を得なければ濫りにこれを処分し得ないこととしてその財政的基礎の維持鞏固を計つたものと解される。即ち右基本財産の処分はその性質町村が私法上の当事者として為す私法行為にすぎないけれども、町村単独の意思表示によつては処分の効力を生せず、これが効力の発生は一に郡参事会の許可に繋らしめられ、都参事会が町村の処分に同意を与えこれを認可することによつて初めてその法律行為の効力が発生するに至るのである。それ故郡参事会の許可は単なる行政監督上の命令規定たるにすぎず、その許可を欠く基本財産の処分と雖も私法上は有効であり、唯町村長等の当局者が懲戒の処分を受けることあるに止るものであるとの被控訴人の主張は到底採用することはできない。然るに本件においては前認定の如く須賀川村が菊池金太郎に対しその基本財産たる本件山林を売却するにつき、村会の議決を経たことは認められるけれども、当時都参事会の許可を得た事実はなく、その後も監督官庁の許可を得た形跡は窺い得ないのであるから、右売買は無効であつて、菊池はこれにより右山林の所有権を取得するに由なく、又同人が買受後本件山林に植栽した樹木も結局権限によらずして土地に附属せしめてこれと一体を為すに至らしめたものに外ならないから、当然に地盤所有者たる須賀川村の所有に帰属したものというべく、従つて被控訴人が石井寅治を介し同人名義を以て右菊池金太郎より該山林(原野並に立木共)を買受ける契約をしたからとて、これが為め本来売主の有せざる所有権を取得することができないことは多言を要しないところである。
然るところ、成立に争のない乙第一、二、三号証第九号証第十三号証第十四号証第十六号証の一、二第十九号証第二十号証と当審証人佐藤惣次郎の証言及び当審における控訴本人尋問の結果(第二回)によれば、控訴人は須賀川村に対し本件山林を控訴人に払下げられ度き旨数次交渉を重ねた結果地上産物共代金二百七十円を以て払下を受けることとなり、昭和五年四月七日同村会において正式に本件山林二筆売却の議案を可決し、即日同村長より栃木県知事に対し基本財産処分許可申請を為し、これに対し同月十六日附を以て同県知事の許可があつたので、控訴人は該売買代金並に登録税十九円三十一銭を納付し、同年五月二十四日所有権移転登記を完了するに至り、尓来引続き控訴人において所有者として地租を納税してきたことが認められる。それ故本件山林並に地上の立木が凡て控訴人の所有に帰したことは右の経緯により明かであるところ、被控訴人はかように控訴人名義を以て払下の手続が為され、控訴人の為め所有権移転登記を経たのは仮装であつて、被控訴人と控訴人との間においては本件山林は被控訴人の所有とする約旨であつたかの如く主張するけれども、右主張に吻合する原審証人菊池憲智の証言(第一、二回)原審並に当審(第一、二回)における被控訴本人の供述は到底措信し難く、被控訴人その余の立証によつては未だかかる事実を認めしむるに足りない。
被控訴人は更に、本件山林は訴外菊池金太郎において明治四十三年十二月九日これを須賀川村より買受けて以来自己のものとして植林並に下草刈入等を為し、被控訴人が大正六年十二月四日同訴外人より買受け後は引続きその占有を継続し、右占有はその前後を通じて終始善意無過失平穏且つ公然に所有の意思を以て為されたのであるから、十年を経過した大正九年十二月八日(遅くも同月中旬)には取得時効の完成により被控訴人において本件山林の所有権を取得したのであつて、その後に至り須賀川村が為した所有権保存登記並に同村より控訴人に対する売買による所有権移転登記は共に他人の所有物につき為されたもので本来無効であると主張する。然しながら時効による不動産所有権の取得は、これを時効完成時における原所有者に対し主張するには敢て登記を必要としないけれども、これを以て第三者に対抗するには登記を受けることを要するものと解すべく、而して該登記未了の間に原所有者が取得時効の目的たる不動産につき保存登記を為してこれを他に売却し買主の為めに所有権移転登記を了したときは、恰も二重売買の場合と同様その登記はいずれも有効であつて、時効による所有権取得は最早これを登記を経たる第三者に対抗し得ない結果となるのであるから(大審院大正十四年七月八日言渡判決参照)。仮令被控訴人がその主張の如く本件山林につき時効取得の要件を充したとしても、その登記を為さざる以上これを控訴人に対抗するに由なきところである。被控訴人の前記主張も亦採用に値しない。然らば本件山林並にその地上の立木が被控訴人の所有に帰属したことを前提とする被控訴人の本訴請求は尓余の判断を俟たず失当としてこれを棄却するの外なきところ、右と異なる認定の下に該請求を容れた原判決は不当につき取消を免れない。
よつて民事訴訟法第三百八十六条第八十九条第九十六条に則り主文のとおり判決する。
(裁判長判事 薄根正男 判事 岡崎隆 判事 奥野利一)